かぜの発熱

 私は、救急病院に勤務している医師です。
 『かぜ』に罹った時に熱が出ますが、この熱や下熱鎮痛剤の使い方
について少し話してみたいと思います。

 ●「『かぜ』で熱が出たから心配だ。何とか熱を下げ早く治すため、注射や点滴をしてほしい。」と救急病院を受診される方がおられます。インフルエンザを含めた『かぜ』症候群のほとんどはウィルス性ですから抗生物質は効きません。じょうずに自己の治癒力を発揮させるように心がける必要があるのです。
 発熱は、血液の流れを活発にし、病気と戦う免疫力が働くために出ており、いわゆる「これから自身の治る力を発揮させるスイッチ」といえます。『かぜ』にかかった1日〜2日は熱が出たほうが、免疫力が高まり、ウィルスは熱に弱いため早く治るのです。また、しんどさは「体を休ましなさい」というサインなのです。
 微熱の状況が最も抵抗力があるといわれており、熱やしんどさを強い解熱鎮痛剤でむりやりとると、かえって治りにくくなる場合もあります。熱がよく下がる強めの解熱鎮痛剤を使うと見かけ上一時的に楽にはなりますが、「治る力である免疫力」が発揮されないばかりか、無理に汗をかかせ熱を下げようとさせます。薬で汗をかかせ熱を下げるのにはエネルギーが要るばかりか脱水を招くことにもなりますし、ウィルスをやっつけたわけではありませんから、体は免疫力を高めるために一旦下がった体温を再度上げようとします。これを繰り返すとますます体が弱り、長びいたりこじらせたりする事となります。インフルエンザでつらいのは寒気がして熱が上がる数時間、長くて半日強で、熱が上がりきってしまえば40度あっても体が温まり楽になりますので、少しの辛抱です。『かぜ』以外の病気でも、熱は自分を守ってくれる反応です。非常に高い熱やひどい頭痛などでどうしても困る時だけ軽い解熱鎮痛剤を使ってください。『かぜ』の時は、症状を少し軽くする薬を使いながら、睡眠や休養に心がけるのがもっとも大切です。栄養のバランスや保温(小さな子は暖めすぎないよう注意が必要ですが)にも気をつけて様子を見ましょう。
●『かぜ』で受診された患者さんたちに「発熱は悪者ではないこと」を説明し、子供は「顔が赤ければ、なるべく解熱剤は使わず様子を見てください。」、大人でしたら、効果は軽めですが治る力を抑えにくい解熱鎮痛剤であるアセトアミノフェンを「なるべく使わないように」話して処方としています。「熱が出て心配だから病院にきたのに、下げてくれないのですか。」と不満に思われ、わかっていただけない方がまだまだ多いのが実情ですが、「こんな事を聞いたのは、初めてだった。」と感心してくれる患者さんもおられますので、腐らずにこの事を今後も説明していきたいと思いっています。
●また、抗生物質の処方も、ウイルス性と判断された場合は、「抗生物質は細菌感染のときには効果がありますが、」と説明し、少し長引いたりしてどうしても心配と訴えられるときだけ、「数日しても治りにくい時は飲んでください。」と話してマクロライド系を処方しております。マクロライド系は痰も切れやすくなりますし、最近の研究で、インフルエンザなどのウイルスそのものに対しては抗ウイルス効果が、二次性の肺炎に対しては本来の抗菌効果が、さらに体の過剰な免疫反応を抑制し重篤化を防止する効果が期待されています。その点では、状況で処方するのもよいかもしれません。細菌性と診断される場合は、もちろん抗生物質を最初から処方します。
●これまで、私たち医師が「熱が出たらすぐ病院に来なさい。熱も下げて抗生物質も出しましょう。早く治すために、注射や点滴をしておきましょう。」こう言ってきたのですから、医師側の責任でもあります。わかっておられる先生もたくさんいるのですが、医師の側も抗生物質や解熱鎮痛剤に対しての正しい認識がもっと高まるように希望してやみません。
●インフルエンザについて:
'09年の新型インフルエンザの流行は人-特に若い方に免疫がないため、うつりやすく拡大しましたが、怖い鳥インフルエンザとは全く別物です。今後は普通の季節インフルエンザとして位置付けられ、同じH1N1のAソ連型は今後は世界から消えていくだろうとの専門家の見解でしたが消失とされました。なお、病院で行われる迅速検査キットは簡易法であるため、インフルエンザであっても発症早期には陽性になりにくく、あくまでも診断の目安と考えてください。確定診断に必要な遺伝子検査は費用や時間がかかるため、国の方針で重症者などに限定されます。かぜの注意点を守っていただければ、普通の方が重症化することはまずないと考えますし、マスクをして2m以上離れてあげれば、他の方にうつしにくいと思います。
 

 インフルエンザウイルスは表面にヘマグルチニン(H)とノイラミラーゼ(N)という糖蛋白があり、特にA型はHが16種類、Nが9種類の上に亜型もあり、これが変異しやすいために、これまでもインフルエンザは数年から数十年ごとに新型のヒトインフルエンザの出現とその新型ウイルスのパンデミック(大流行)が起こっております。主なものを左図にあげておきます。新型はpdm09と命名されています。

当院インフルエンザの手引き

 新型(pdm09)インフルエンザのウイルスの構造が、1918〜40年代前半に流行したスペイン風邪や同時期の季節性インフルエンザと同じだったことが、科学技術振興機構の研究員らの研究で分かりました。新型ウイルスは高齢者に感染者が少ないことが知られていましたが、77年以降は同じ構造を持つウイルスが、ほぼなくなっており、このため、60歳代以上では新型に免疫を持つようになったと考えられます。スペイン風邪流行当時は、第一次世界大戦後で、栄養状態や免疫力、医療も現在より未発達のために、たくさんの方が亡くなったようです。'09年度、若い方が抗体を持っていなかったためにうつりやすかったのですが、感染力も季節性インフルエンザと同じか弱く、重症化しにくいことも判明しWHOも終息宣言を'10年夏に出しました。
 治療や予防に使われる抗ウイルス剤はウィルスの増殖を抑制し、ワクチンも症状を軽くするための手段です。早期に抗ウイルス剤を使ってもワクチンを接種しても発熱後24時間以内の呼吸困難や数日後に見られる脳症を確実に防止することは残念ながらできません。安静・栄養に気をつけることが 最も大切です。
(かぜについての参考)吉田 均先生HPの「解熱剤考」、「抗生剤」を考える
解熱剤と抗生剤の功罪が詳しく書かれています。

   関連して「時間外受診」について

 時間外にコンビニ感覚で救急病院を受診される緊急性のない患者さん(上に紹介した吉田先生のHPで言われている「時間外コンビニ受診」)が最近増えているように思います。「健康保険料も払っているのだから、いつ受診しても良いではないか」と主張されます。ご自身が払われるのは一部で、時間外で高くなった診察料の7割はみんなの保険料と税金、労力が費やされていることがお判りにならないようで残念です。
 「症状が軽くてもどうしても心配で…」と受診される場合は、診察してもらう事で安心できる訳ですが、『発熱やかぜ』に対する認識が一般の方にもっと浸透されれば、患者さんも夜間に病院まで来る労力と出費が省け、医師も本当に困った方の治療に専念できます。最近、小児の24時間救急の充実が叫ばれていますが、同級生の小児科の開業医も「当番の日は夜間に何十人も診て、朝からまた仕事‥‥」と同じように嘆いておりました。私も深夜の救急は年齢的にもつらいところです。このままでは、医学部を卒業しても、救急をしなくてはいけない外科医や小児科医にはますますならなくなってしまうでしょう。軽症の人が、すぐに救急車を使い、肝心の重傷者の搬送が出来ないと話題になっていることも同じでしょう。一般の方々、ぜひ、ご理解をお願いします。

2006.4.29(2012.02.27.改訂)

 

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